しゅんのポケモン奮闘日記

ポケモンSMのR2000を目標にしています。様々なポケモンについて研究をしていく予定です!

今後の将棋とソフトについて本気で向き合う

 今回はポケモンのお話から逸れて、私自身が以前から本気で考えているソフトについて向き合っていることについて書きたいと思います。これはこの業界を目指している私が、様々な角度から見て思っていることを率直に書くので、批判や反論を受けることを覚悟しています。それでも今回はこの記事を書くことによって自分のものを整理したい気持ちがあり、将棋が全く知らない方やこれから将棋の棋士を目指すという方、またこの問題について興味がある方にもぜひ読んでいただき、他人事ではないということを知る機会になればと思います。

 

【目次】

1)現在の私について

 まずは現在の私の立場について示しておきます。将棋についてですが、現在は関東奨励会に所属しております。月2回の例会日に対局を指し、最終的にはプロ棋士を目指す立場として日々精進しています。奨励会員の置かれている立場も人それぞれで、私のように大学や高校など学校を両立している方もいれば、高校卒業を機に将棋一筋で勉強されている方もいます。普段から自分を高めるために切磋琢磨しながら勉強していますが、その中で彗星のごとく将棋界に表れたのがコンピューター将棋のソフトです。私が奨励会に入会した頃はまだアマチュア四段レベルと言われていましたが、現在は既にプロ棋士の実力を越えています。ではそのソフトについてどう考えていくのか。次にソフトの問題面について見ていきたいと思います。

 

2)ソフトの問題点

 まず冒頭に書かせていただきますが、今の自分は素直に将棋の勉強に向き合うことができません。これが5年前で同じ階級にいたときであれば、全力を注いでいたと思います。でも、今は違います。理由はいくつかありますが、正直今のまま将棋だけに人生を費やしていく自分が怖くなってきたのです。現在は巷でも知っている方も多いかと思いますが、AIの発達によって将棋ソフトを主流にした研究が盛んになってきています。プロや奨励会員が使うのはもちろん、アマチュアの方も使う方が増えてきており、もはや使わないと勝てない次元になってきています。将棋界全体がソフトに注目し始めたきっかけとなったのは、niconicoを運営するドワンゴ社が主催した「電王戦」でプロ棋士VSコンピューターソフトという形で対戦を行ったことです。私も注目していましたが、第2回でのプロの負け越しを契機に「間違いなくソフトを取り入れる人が増えるだろうな」と実感していました。当時はまだフリーソフトのようにソースコードはそれほど出回っていませんでしたが、現在では当たり前のように出回っています。特に2017年度にコンピューター世界選手権で優勝されたソフト「elmo」のソースコードを公開されたのは衝撃的で、奨励会員も翌日からさっそく取り入れて研究に活用していると聞いたときは、みんな注目しているんだなと強く感じました。

 

 その中で自分は「仮にプロ棋士になれたとしても、このソフトを用いた競争を死ぬまで続けないといけないのか?」と思ってしまうと、気力が湧かなくなってきてしまいます。最大の理由は以前Twitterでも投稿しましたが、自分の将棋の価値がどんどん無くなっている感覚がついてきたからです。これまでの私は自分で一生懸命考えて勝つことに魅力があると考えていました。実際それが自分が将棋を続ける理由でもあったように思います。しかし今はどれだけ考えても「でも、それはソフトに入れて考えた手でしょ?」と言われる機会が増えて、まあ確かになぁと思うようになってきています。

 

 私が身近に体験したものとしては角換わりの▲45桂ポンの仕掛け(正式名称は分かりません。申し訳ありません)があります。これは元々ソフトがよく用いた戦法であり、私自身も興味を持ってソフト研究をかなりしましたが、それを試すために将棋倶楽部24で何局か指しましたが、高レート帯でも攻めが刺さりまくり当時は50手終局とか当たり前でした(もちろん最善で指せば一局~無理攻めというのが今の結論ですが、今後は分かりません)。そこでふと感じたのは「これは何か違うな」ということ。もちろん自分が研究したものなので文句はないと思いますが、前述した自分で一生懸命考えて勝つという過程をすっ飛ばしています。これが勝つための本質だといえばそれまでですが、だったら自分の将棋の価値ってなんなの?と原点に立ち返ったとき、棋譜を見返してみると自分が消えたような感覚に陥りました。もちろん個性がないといけないという訳ではありません。将棋の本質を突き詰めていくとそんなものは消える可能性は十分にありますし、それが急に現れて急激な変化についていけなくなったという面もあります。ただそれだったら人間がやらないでもよくないかと考えてしまいます。

 

 この章をまとめると、人間の実力を越えた存在となったソフトを用いて研究を進める人が増えた結果、個性というものを失い始めているということです。

 

3)ソフトとどう向き合っていくのか

 この問題はプロはもちろん、奨励会員やアマチュア強豪の方も一貫して考えている問題だと思います。この問題を考える参考資料になるのは羽生善治NHKスペシャル取材班共著の*1『人工知能の核心』や大川慎太郎著の*2『不屈の棋士』があります。今回は主に後者を扱います。ここではトップ棋士をはじめ、様々な棋士が自身の見解をインタビュー形式で述べています。もちろん本音は全て出していないとは思いますが、多彩な棋士の意見が述べられており、今後の向き合いかたもそれぞれのように感じました。特に千田翔太先生のインタビューは衝撃的で、ソフトを通して強くなる過程を証明したいという姿勢には、今の私には顔を上げることができません。とても長い時間を費やして研究しており、その過程を公開できる範囲で常に公開しています。実際に昨年は棋王戦の挑戦者や叡王戦の挑戦者決定戦まで上り詰めるなど、結果で証明しています。

 

 ここからが本題です。では私はどうなのか。

 

 私は先程の本で山崎隆之先生も述べていましたが、人間同士の平等性が薄れてしまったことに関してはその通りだと思います。今まで人間対人間という生身の対決ではない「何か」を感じることが非常に増えていきました。これはタブーかもしれませんが、目の前に相手がいても「ソフトを使っているんじゃないか?」と疑心暗鬼になってしまうこともよくあります。実際に三段リーグではお互いに警戒し合って席を立つことすら憚られるともよく聞きます。でもそれくらい今のソフトに対する信用は高く、こうなってしまうのは仕方ないように感じます。それゆえ、今はもう対人戦としての将棋はもう成立していないのかなぁというのが私の本音です。昔のようなソフトが存在しない世界で指して負ける分には納得がいきます。しかしそれ以外の人間にとって代わる分野を用いて負ける分には「うーん...」という気持ちが強くなってしまいます。もちろん勝負の世界なので事前の研究でソフトを使うのは構いません。さすがに私も常にアンテナを張って即死する変化は知るように心掛けています。しかしそれと同時に非常に寂しい気持ちになってしまいます。

 

 しかしだからと言ってソフトを完全否定している訳ではありません。実際に将棋の定跡面では大幅に進歩しましたし、レベル自体も上がってきています。また私はアマチュアの方のブログをよく見るほうだと思いますが、限定的な形をソフトやその方の意見を交えて書かれていますが、非常にレベルが高く(というか私でも初見では理解できないレベルにまで達している)、非常に感心させられるものが多いです。その意味では価値があったように感じます。

 

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 ここまで書いて自分で気付いたのですが、やはりある程度結論が出てくると、業界が終わってしまうのではないかという不安をよぎることに気づきました。ある意味では資本主義の終わりの形が電王戦を通して示したモデルにもなったように感じます。もちろん将棋は初手から様々な可能性があるので、一概に結論は出ません。棋士によっては「そこまで将棋は甘いものではない」という方も出てきて当然だと思います。今の自分はそうであることを願いますが、その言葉は否定される日はもう目前にまで迫っている実感があります。

 

 あともう一つ感じたもので、ソフトとの共存という感覚が私にはピンときません。少なくとも私にはソフトに人間が使われている感覚があります。というよりこれも言ったら怒られるかもしれませんが、ソフトとの共存という表現を用いることによって業界を延命させている感覚があります。人格を持っていないAIなら良いですが、これもいずれか持つようになったとき、人は手に負えない存在になるのは間違いないです。少なくとも現在のソフトはもう開発者もなぜ強くなっているか分からない領域に突入しています。Ponanzaの開発者の山本一成さんも「黒魔術」という表現を用いているのが典型的です。いつ暴走するのか分からないAI。私には怖くて仕方ありません。詳しくは山本さん著の*3『人工知能はどうして「名人」を超えたのか?ー最強のAIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質』に記載されています。

 

4)今後の将棋界の展望

 この点については完全に未来形の話なので何とも言えませんが、現在私が感じていることを書きたいと思います。少なくともソフトを取り入れた人とそうでない人の差は間違いなく発生してくると思います(既に発生しているとも言えますが)。特に顕著なのが羽生世代と若手世代との差です。現在の羽生世代は軒並み苦戦を強いられているのが現状であります。理由は単純で羽生世代は自身の読みを鍛えることで強くなったのに対し、現在の若手はソフトを用いて強くなっている人が増えたからです。その結果見えない大きな差が生まれているように感じます。今後はその差が大きくなることは間違いないと見ています。

 

 次に業界として成り立つかどうかですが、それはスポンサーが続けてくれるかどうかで決まってきます。少なくとも現在の連盟の体制としては、スポンサーの主催した棋戦にプロ棋士が参加をするという形式をとっています。そしてそこでの対局料を主催者が対局者に対して支払う仕組みとなっております。よってスポンサーがいる間は存続しえます。ただし今のスポンサーは新聞社が中心であり、正直今後も続くかは難しいように見えます。当然タイトル戦のような伝統を持つ棋戦は続ける方が主催者よとってもメリットがありますが、新聞社は軒並み赤字が出ているところが増えているので何とも言えません。その中で女流王座戦のリコー社や叡王戦ドワンゴ社と言ったような業界がスポンサーとして増えることには、私にとっても非常にありがたい話であります。その点においてはしばらく大丈夫だと見ています。

 

 そして将棋ファンについてですが、藤井四段の効果も大きく少し増えた実感があります。特に私の師匠も務めている初心者向けの教室は参加者が増えており、将棋に興味を持ってくれる人がこんなに増えたかと嬉しい気持ちになります。だからこそ雑に扱うのではなく、一人一人を大事に育てていきたいと考えています。将棋というルールは非常に単純ではあるのですが、どうしても棋譜を観賞するレベルまで引き上げるのは時間が掛かります。なので、最低限プロの棋譜を見て感動できるレベルまで引き上げるのは自分のできる務めだと考えています。また最近では「観る将」という方も増えており、Twitter上で私もよく見かけます。またメディアの影響が大きく、漫画においては羽海野チカさんの*4『3月のライオン』はアニメ化までいたしましたし、最近では松本渚さんの*5『将棋めし』はドラマ化まで決定し、現在放送されています。さらにライトノベルにおいては白鳥士郎さんの*6『りゅうおうのおしごと!』が秋からアニメ化が決定しています。私はどれも全部見ましたが、どの描写も将棋を知っている私にも違和感のないものが多く、非常に取材されていることが分かります。これらの影響で将棋ファンも幅広く知る環境はとても整っているように感じています。

 

 また最近は「ひふみん」の愛称でおなじみの加藤一二三先生をはじめ、様々な棋士がメディアに出演されており、一般の方も身近な存在の一人になりつつあるのではないでしょうか。また棋士とファンの方との交流をする場も増えてきており、例えば若手を中心に企画などを立てている「西遊棋」や「東竜門」の存在も大きく、精力的に活動を行っています。その一環として、例えばTwitterで週替わりにプロ棋士が登場してファンとやりとりを行うなど、さらに身近な存在になりつつあります。今後はこのような場で登場する棋士などを応援したいという方を増やしていくことが重要になってくるような気がします。

 

 そして現在ではニコニコ生放送をはじめ、AbemaTVや将棋プレミアムなどによってプロ棋士が開設をする場が増えてきました。また日本将棋連盟ライブ中継などにより棋士の対局を観戦できる環境になってきています。そこでたまにソフトの評価値などが出てきますが、大切なのは単に評価値で良し悪しを判断するのではなく、いかに棋士がそれを解釈できるかが重要になってきています。それができないのであれば、正直その棋士が出演する理由というものが半減しているように感じます(当然お話などが上手な方もいるので全くないとは言いませんが)。以上の点を踏まえても、今の将棋界は棋士で勝つ人だけが良い世界ではなく、棋士の一人一人が考えていかなければならない問題だと感じています。

 

ここでこの章の最後に、現在の日本将棋連盟棋士とAIの展望についてまとめたサイトがあるので紹介したいと思います↓

www.shogi.or.jp

 

5)これからプロを目指す方に向けて 

  この章では今から将棋の棋士を目指す方に向けて書きたいと思います。「こんな変な事ばかり言っている人の意見なんて聞きたくない!」という方はここで読むのを終わりにしても構いません。

 

 私は将棋が好きで元気に真剣に指している小学生らを見ると、非常に嬉しい気持ちになります。私の師匠の道場の手伝いなどで手合いをつけるバイトなどをしている時がありますが、その時によく見かける光景です。そこには実力などは全く関係ありません。ただ「将棋が好きだから」という気持ちで指しています。そのような子たちを全力で応援したいという気持ちのもなります。だから私は応援する側の人間として貢献できることを常に考えています。そのために微力ではありますが、何点か経験を踏まえてアドバイスをしたいと思います。

 

①終盤を強くなろう

 私がアマチュア時代のときもそうでしたが、いくら序中盤で強くなっても終盤で逆転されたら勝てません。将棋というゲームは後半になればなるほど1手の重みが大きく、最善以外全て悪手のような状況も生じてきます。よってまずは終盤を鍛えることをオススメします。具体的には詰将棋です。最近棋士になってメディアに取り上げられることの多い藤井四段もそうですが、詰将棋を解く力を鍛えることにより、将棋の読む力を鍛えることにも繋がります。そしてまずは簡単な3~7手詰レベルをすぐに解けるくらいになるのが理想です。個人的には浦野真彦先生の「詰将棋ハンドブック」シリーズがおすすめです。そこを完璧に押さえられてくれば、もっと長い詰将棋に挑戦していく感じになります。将棋世界詰将棋サロンや、もっと手応えのあるものでは「詰将棋パラダイス」などたくさんあります。

 

②たくさん指そう

 昔は将棋は対戦相手がいないと指すことができませんでした。そのため地方の方などは本当に指す機会が乏しく、研究中心で勉強している方などもいました。しかし今はインターネットがこれだけ普及している時代です。主に将棋倶楽部24では随時1000人前後の人が集まり指しています。はじめはなかなか勝てないかもしれませんが、めげずに指して「なぜ悪くなったのか?」を考える練習もしていきましょう。できれば感想戦などをしていただけるのが理想です。さらに自分よりも強い方であれば具体的に悪い点を教えてもらえるチャンスなので、そこを改善できる良い機会にもなります。将棋は勝つより、負けたほうが成長できる機会は多いです。

 

③将棋を好きな気持ちを忘れないで

 もちろん人間ですので、どんな人でも対局が負け込むと辛い気持ちになります。私も奨励会試験に2回落ちた身なので、その時は小学生ながら死にたい気持ちに何度もなっていました。それでも将棋は嫌いにならないで欲しいです。今後はアマチュア小学生がソフトを用いて研究することも増えてくると思いますが、自分で考えるということを絶対に忘れないで欲しい。そこが抜けると本当の意味で将棋における「あなた」の存在価値は消えます。将棋が嫌いになったときは常に原点に立ち返って、これまでの自分を見返して下さい。そしてその原点を大事にして欲しいです。私の願いはそれだけです。

 

6)将棋をあまり知らないでこの記事を読んでいただいた方に向けて

 正直この記事をここまで読んでいる方で将棋を知らない人は少ないかと思いますが、この章では将棋以外でも問題は目の前にあることを述べたいと思います。

 

 現在はコンピューターをはじめとしたネット社会になっています。当然ネットなしに生きることは不可能とは言えないものの、相当不便になることは予想されます(当然私も困りますが)。それはネットやAIの発達によるものでもあります。でもいま一度振り返ってほしいです。例えば電車などでは昔は改札口に切符を切る方などがいました。私が幼稚園生のときに当時は広島に住んでいたのですが、切符を切ってもらった思い出があります。しかし2年ほど前に行ったときは改札機が導入されていました。これは私にとって衝撃でした。こんな田舎(と言っては本当に失礼ですが便宜上書かせて下さい)でもとうとう導入されてしまったのかという気持ちになりました。その結果会社から見たら導入にお金がかかるものの、長い目で見ればその分会社員を雇うお金を換算すると元が取れます。しかしその結果雇われていた人は解雇され、多分別の部署に移っていると思います。AIの導入は人間を便利にする面もあれば、確実に人を追いやる側面も持っています。今後はどの分野においてもAIにとって代わる仕事が増えることは確実視されています。でもこれは考えてみれば当たり前の話です。あくまでも現在の雇用形態は産業革命の時に生まれた雇用関係のトレンドにしか過ぎません。

 

 そしてAIの恐怖についても知ってほしいです。18世紀の西洋ヨーロッパで始まった啓蒙思想。これはもともと封建社会に閉じ込められた人々を開放して、新しいことを知ることは世の中に成長をもたらすことができるという考え方です。実際にその考えを発展させた結果科学革命が起こり、産業革命が起こります。その後もこの考え方は続きますが、その結果第一次世界大戦では機関銃や毒ガスなどの武器が作られ、また第二次世界大戦では核兵器が作られ、結局のところ人間が人間を苦しめることになりました。今のAIはこれらの武器が形を変えたようにしか私には見えません。しかも武器のように見えない分、じわじわと蝕んでいるようにも見えます。現在の社会でも「新しいもの=良いものであるのは当たり前」という考えは残っているように感じます。でもそれは本当であろうか。今私が怖いと感じているのは、スマートフォンなど新しいものを積極的に取り入れていますが、それに対する抵抗がないことです。AIの怖い所は知らず知らずのうちに、人間の中に取り付いている点です。せめてAIの良い側面と悪い側面は最低限知っておいて欲しいと感じています。

 

7)今後の自分について

 正直今の私は奨励会員として将棋を続けていくか迷っています。このまま退会するのはこれまで面倒を見ていただいた師匠をはじめ、家族や小さい頃から応援をいただいているファンの方々に顔向けできないのは事実です。「今の自分に自信が無いだけだろう。お前は逃げているだけだ!」と言われればそうかも知れないし、実際にこの記事を通して逃げようとしているだけなのかも知れません。でも私はもっと別の世界を見てみたいと強く感じているのも本音です。別に将棋の世界が全てではありません。例えば一人の人間として教養を身につけるために勉強すること。その世界を見つける手段の一つとして始めたのがこのブログでもあります。

 

 もう一つ、このように自分の将来について懐疑的になった理由として、前田裕二著*7『人生の勝算』という本を読んだのがきっかけでもあります。その中で私が特に印象を持った部分を紹介します。

 

 自己分析の目的は、人生のコンパスを持つことだと思っています。コンパスの重要性は、前述した通りですが、自分が何をしたいかを示すコンパスがないと、人生の荒波の中で、すぐに迷ってしまいます。

 

 選ぶ、ということは、同時に、何かを捨てることです。何かを得ようと思ったら、他の何かを犠牲にしないといけない。人生の質を高めるのは、選択と集中です。

 

コンパスを持たずに人生という航海に出るのは、自分の人生、すなわち、命を、少し粗末にしてしまっているように感じます。

 

 これらを考えたときに、今の私の将棋にかける情熱は本当なのかと問い直すものとなりました。自分の人生を自省していくなかで、本当にプロ棋士を目指すことが人生のコンパスとして正しいのか。また他を犠牲にしてまで得たいものかと考えると、どうもそうでもないなぁと思ってしまいました。

 

 ただここでもう一度示しておきたいことは、だからといって将棋が終わったわけではありません。もちろんまだ必勝手順が出たわけでもありませんし、人々に何かを与えてくれる存在である以上、この業界も無くならないと思っています。この状況をどう判断するのか。それはプロ棋士はもちろん、プロを目指す奨励会員や、アマチュアの方、それぞれが考える必要のある問題だと捉えています。今回はそのひとつのきっかけになれば幸いに思います。

 

 

 今回はここで終わり。自分の「今」感じていることの全てを吐き出しました。自分で書いた文章であるので、責任は自分で取ります。質問や感想などがあればコメントに書いていただけると嬉しいです。

 

【参考文献】

*1 羽生善治NHKスペシャル取材班共著『人工知能の核心』NHK出版(2017)

*2 大川慎太郎『不屈の棋士講談社現代新書(2016)

*3 山本一成『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?ー最強のAIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質』ダイアモンド社(2017)

*4 羽海野チカ3月のライオン(1~12)』白泉社(2008-)

*5 松本渚『将棋めし』KADOKAWAメディアファクトリー(2017-)

*6 白鳥士郎りゅうおうのおしごと!(1~6)』SBクリエイティブ(2015-)

*7前田裕二『人生の勝算』幻冬舎(2017)